「パソコンの調子が悪いんだけど、誰に聞けばいい?」──社内でそう言われて、総務や経理の担当者が本業の手を止めて対応している。ルーターやサーバーは何年も前に設定したまま、仕組みを知っているのは退職した前任者だけ。こうした状態は、社内にSE(システムエンジニア)がいない会社ではめずらしくありません。問題は「困っている」ことではなく、「誰が何を見るのか」が決まっていないことにあります。
1. 「詳しい人」に頼るIT運用が限界を迎える原因
原因の一つ目は、IT業務が「仕事」として定義されていないことです。売上や納品に直接つながらないため、誰かの「ついで」で回され、担当者が変われば引き継がれません。担当者本人も「自分の本来の仕事ではない」と思っているので、手順を残す動機が生まれにくいのです。
二つ目は、範囲が広すぎることです。パソコンの不調、メールやクラウドサービスのアカウント管理、ネットワーク機器、業務システム、セキュリティ対策。これらはそれぞれ別の専門分野で、一人のSEでも全部に強いわけではありません。兼任の担当者が「全部わかる人」になれないのは当然です。
三つ目は、業者との関係が「壊れたら呼ぶ」だけになっていることです。普段のやり取りがないため、いざ障害が起きたときに自社の構成を説明できる人がおらず、復旧に時間がかかります。外部に頼んでいるつもりで、実は何も任せられていない状態です。
2. 今週中にできる応急処置:使っているものと連絡先を一枚にまとめる
根本的な見直しの前に、今週中にできることがあります。それは「今、何を使っていて、困ったら誰に連絡するか」を一枚にまとめることです。専門知識は不要で、兼任担当者と経営者が半日あれば作れます。書く項目は次のとおりです。
この一覧を作る過程で、「契約先が分からない」「管理者パスワードを誰も知らない」「このサーバーは何に使っているのか不明」といった穴が必ず見つかります。穴が見つかること自体が成果です。見つかった穴は、後で外部に相談するときの最初の相談項目になります。
- 使っているサービス・機器の一覧(パソコン、ルーター、サーバー、メール、会計・販売などの業務システム、クラウドサービス)
- それぞれの契約先・サポート窓口・契約更新日
- 管理者アカウントのIDと、パスワードの保管場所(パスワード自体は一覧に書かず、保管場所だけ書く)
- 障害が起きたときの連絡順(まず社内の誰に、次にどの業者に)
- 前任者だけが知っていた設定や癖(分かる範囲でよい)
3. 外部に任せてよい仕事・自社に残すべき仕事の分け方
一覧ができたら、業務を「外部に任せてよいもの」と「自社に残すべきもの」に分けます。判断の軸は二つ、「専門性が必要か」と「自社の判断が必要か」です。専門性が高く、判断が要らない仕事は外に出す。会社としての判断が要る仕事は中に残す。この基準で分けると、おおむね次のようになります。
外部に任せてよい仕事は、サーバーやネットワーク機器の設定変更・監視・バックアップの確認、パソコンの初期設定やOS・ソフトウェアの更新管理、ウイルス対策や脆弱性診断(システムの弱点を検査すること)といったセキュリティ対策の運用、業務システムの保守・障害対応・改修、新しいサービスを導入するときの技術的な比較や検証です。いずれも専門性が高く、手順が決まれば誰がやっても結果が変わらない仕事です。
大事なのは、「作業」は任せても「決定」と「所有」は手放さないことです。管理者アカウントを業者に預けきりにすると、業者を変えたいときや契約が終わったときに、自社の資産を自社で触れなくなります。逆に、判断まで業者に委ねると、会社の都合ではなく業者の都合でシステムが決まっていきます。
- 【自社に残す】何に、いくらまで、何のためにITを使うかの決定
- 【自社に残す】管理者権限の所有者であること(作業は委託しても、権限の持ち主は会社)
- 【自社に残す】アカウントの発行・停止の判断(入社・退職・異動のたびに必ず発生する)
- 【自社に残す】業務手順そのものの整理(どの作業を誰がどの順番でやるか)
- 【自社に残す】外部委託先との窓口担当を一人決めること
4. 再発させない仕組み:月30分の定例と記録の置き場所
一度整理しても、半年放っておけば元に戻ります。再発させないコツは、月に一度、短い定例の時間を持つことです。兼任担当者、経営者(または決裁者)、外部委託先の三者で、30分程度で十分です。確認する項目を固定しておくと、準備なしで回せます。
もう一つは「記録の置き場所」を決めることです。対応の履歴、設定の変更、業者とのやり取りは、個人のメールではなく、社内で共有できる場所に残します。形式は簡単な文書で構いません。これがあるだけで、担当者が変わっても、委託先が変わっても、ゼロからの説明をしなくて済みます。
記録が積み上がってくると、「このトラブルは毎月起きている」「この作業は外に出したほうが安い」といった判断ができるようになります。運用の仕組みは、守りのためだけでなく、次の改善を決めるための材料にもなります。
- 先月起きたトラブルと対応内容の振り返り
- 入社・退職に伴うアカウントの追加・停止が漏れていないかの確認
- バックアップが正常に取れているかの確認
- 機器やソフトの更新、契約更新日の確認
- 次に取り組む改善項目を一つ決める
5. よくある失敗と、外注先を選ぶときの注意点
よくある失敗の一つ目は、「全部お任せ」にすることです。一見ラクですが、社内に窓口担当がいないと業者からの確認が放置され、結局何も進まなくなります。外部に任せる範囲が広いほど、社内の窓口ははっきりさせる必要があります。
二つ目は、担当者を一人に固定したまま、情報がその人の頭の中にだけある状態を続けることです。外部委託は「人が変わっても回る」ようにするための手段であって、属人化(特定の人しか分からない状態)を別の人に移すだけでは意味がありません。
外注先を選ぶときは、「聞いたことにその場で技術者が答えてくれるか」「作業後に何をしたかを書面で残してくれるか」「自社が管理者権限を持つ前提で進めてくれるか」の三点を確認してください。見積もりの安さより、説明と記録の丁寧さのほうが、長い目で見ると差が出ます。
データで見る中小企業のIT運用実態
総務省「令和6年通信利用動向調査」(2025年公表)によると、クラウドサービスを利用している企業の割合は80.6%で、過去10年でおよそ倍増している。メールもファイル共有も業務システムも社外のサービスに移り、社内に置かれた機器だけを見ていれば済む時代は終わった。管理すべき対象が増えたのに、見る人が決まっていないというずれが、兼任担当者の負担として表れる。
一方で、成果の出方には差がある。総務省の同調査ではクラウドの効果が「あった」と回答した企業は88.2%にのぼるが、日本政策金融公庫「デジタル化に取り組む中小企業の実態に関する調査」(2025年公表、4,328社回答)では、デジタルツールの導入により業績全体で成果が上がっている中小企業は45.7%にとどまる。道具を入れた実感と、業績まで届く成果は別物だということだ。読者の会社で判断すべきは「何を入れるか」ではなく、入れたものを誰が見て、誰が止める・変えると決めるかである。
同じ日本政策金融公庫の調査(2025年公表)では、デジタル化に「積極的に取り組んでいる」中小企業は43.6%だった。半数以上はそこまで踏み込んでいない。だからこそ、まず一覧を作って範囲を確かめる段階から始めてよい。
- クラウド利用80.6%(総務省・令和6年通信利用動向調査、2025年公表)——管理対象は社内機器の外に広がっている
- 効果が「あった」88.2%に対し、業績全体で成果45.7%(日本政策金融公庫、2025年公表)——導入と定着は別に管理する
- 積極的に取り組む中小企業は43.6%(同調査)——出遅れ感より、契約先と管理者権限の把握を先に固める
出典
- 総務省「令和6年通信利用動向調査」(令和7年版情報通信白書に掲載)(2025-07公表) www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r07/html/nd111210.html
- 総務省「令和6年通信利用動向調査」報道資料(2025-05公表) www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin02_02000178.html
- 日本政策金融公庫「デジタル化に取り組む中小企業の実態に関する調査」(2025年3月実施、取引先中小企業13,479社に調査・4,328社回答、回答率32.1%/日商 Assist Biz 掲載)(2025-05公表) ab.jcci.or.jp/article/113593/
- 日本政策金融公庫「デジタル化に取り組む中小企業の実態に関する調査」(2025年3月実施、4,328社回答/日商 Assist Biz 掲載)(2025-05公表) ab.jcci.or.jp/article/113593/
※ 2026年9月12日 に公的統計をもとに追記しました。
まとめ
社内にSEがいなくても、IT運用は回せます。条件は、「作業は外部に任せてよいが、決定と所有は自社に残す」という線引きをはっきりさせることです。そのうえで、誰が窓口になり、どこに記録を残すかを決めれば、担当者が変わっても止まらない運用になります。最初の一歩は、今使っている機器・サービス・連絡先の一覧を一枚作ること。それだけで、次に相談すべき相手と内容が見えてきます。
By Affelhansa Strategic Research

