「担当のAさんしか分かりません」——基幹システムのトラブル対応で、こんな言葉を聞いたことはないでしょうか。長年同じ担当者が運用してきたExcelマクロや業務システムは、その人が異動・退職した瞬間に誰も触れないブラックボックスになります。仕様書もマニュアルもないまま日々の業務だけが回っている状態は、ある日突然、業務停止のリスクに変わります。
1. ブラックボックス化が起きる原因
基幹システムが特定の担当者しか分からない状態になるのは、偶然ではなく構造的な理由があります。多くの中小企業では、システムは業務の必要に迫られて場当たり的に作られ、その後も増築を繰り返しています。最初にExcelマクロやAccessデータベースを組んだ担当者が、業務の変化に合わせて機能を追加していくうちに、本人にしか分からない複雑な仕様ができあがるのです。
さらに、専任のシステム担当者を置く余裕がない企業では、システムに詳しい人は『たまたま詳しい人』であることがほとんどです。本来の業務と兼務でシステムの面倒を見ているため、マニュアル作成に割ける時間がなく、知識は本人の頭の中にしか残りません。
そしてドキュメント整備は、目の前の売上や納期に直結しないため、常に後回しにされます。『いつか整理しよう』と思っているうちに担当者の異動や退職の時期がやってきて、気づいたときには誰も手を付けられない状態になっているのです。
2. すぐできる応急処置:今いる担当者から聞き出す
担当者がまだ在籍しているなら、まず今すぐヒアリングを行いましょう。異動や退職が決まってから慌てて聞き取りをしても、断片的な情報しか残せません。日常業務の合間で構わないので、短時間でも定期的に時間を確保することが重要です。
ヒアリングは口頭だけで終わらせず、画面操作を録画したり、要点をその場でメモに残したりして、記録として形に残すことを徹底してください。最低限、次の項目は必ず聞き出しておきましょう。
- ログインID・パスワードの保管場所と管理者
- サーバー・PCの設置場所とネットワーク構成
- 日次・月次・年次で行っている定期処理とその手順
- 外部の開発会社・ベンダーの連絡先と契約内容
- バックアップの取得方法と保管場所
- 過去に起きたエラーとその対処方法
3. 根本的な解決:引き継ぎドキュメントの最小セット
応急処置で情報を集めたら、次は誰が見ても業務を継続できる形に整理します。完璧な仕様書を作る必要はありません。まずは次の項目をそろえることを目標にしてください。
特に外部連携先や障害時の連絡体制は、担当者以外が把握していないケースが多く、優先して整備すべき項目です。
- システム構成図(使用ソフト・サーバー・ネットワークの全体像)
- 業務フロー図(誰が、いつ、何を、どの画面で行うか)
- データ構造・マスタ一覧(主要なテーブルや項目の意味)
- 外部連携先一覧(決済サービス、会計ソフト、POSレジなど)
- 障害発生時の連絡体制と対応手順
- パスワード・ライセンス情報の管理表
4. 再発させない仕組み:更新をルール化する
ドキュメントは一度作って終わりではありません。システムに変更を加えたら、必ず同じタイミングで資料も更新するルールを決めておく必要があります。
更新ルールを決めても、それを守る人がいなければ形骸化します。年に1〜2回、ドキュメントの内容が実態と合っているかを棚卸しする日をあらかじめ決めておくと、ズレを早期に発見できます。
また、ドキュメントを担当者個人のPCではなく、社内で共有されたクラウドストレージや共有フォルダに置くことも欠かせません。保管場所自体が属人化していては意味がないためです。
5. 自社で対応するか、外部に頼むかの判断基準
ヒアリングやドキュメント化は、社内の人手と時間があれば自社で進められます。ただし、システムの構造自体が複雑で担当者本人も全体像を説明しきれない場合や、整理する時間を割ける人材がいない場合は、外部の技術者に依頼した方が早く確実です。
外部に依頼する際は、ドキュメント作成だけでなく、その後の保守運用まで見据えて相談すると、一度の対応で引き継ぎ体制ごと整えることができます。
- 担当者が退職・異動するまでの期間が短い
- システムが複数のツール・外部サービスと連携している
- 社内にシステムの構造を理解できる人材がいない
- ドキュメント作成に割ける時間が確保できない
データで見る中小企業のシステム利用実態
東京商工会議所「中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」(2026年6月公表、1,272社回答)では、デジタル活用の段階として最も多かったのは「ITを活用して社内業務を効率化している」レベル3の38.1%だった。日々の業務がすでにITに支えられている企業が、中小企業の中で最も大きな層を占めている。その仕組みが一人の頭の中にしか記録されていなければ、効率化の成果はそのまま業務停止のリスクに変わる。
引き継ぎの対象範囲も広がっている。総務省「令和6年通信利用動向調査」(2025年公表)によると、クラウドサービスを利用している企業は80.6%で、過去10年でおよそ倍増している。また日本政策金融公庫「中小企業のデジタル化に関する調査」(2024年公表、4,350社回答)では、デジタル化に取り組む企業のうち会計システムの導入が86.9%、販売管理システムが62.1%となっている。つまり引き継ぐべきものは自社内の一つのシステムではなく、複数のサービスと、それぞれのアカウント・連携設定である。自社が整理すべき範囲は、システムの数ではなく契約しているサービスの数で決まる。まず契約一覧の作成から着手するのが確実だ。
- クラウドサービスの契約名義と管理者アカウントを、個人ではなく会社として把握できているか確認する
- 会計・販売管理などシステムごとに、外部連携先と連携方法を一覧化する
- 年次の棚卸し項目に、各サービスの更新日と解約・移管の条件を含める
出典
- 東京商工会議所「中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」(2026年3月25日〜4月15日実施、主に東京23区内の中小企業1,272社回答)(2026-06公表) www.tokyo-cci.or.jp/page.jsp?id=1209648
- 総務省「令和6年通信利用動向調査」(令和7年版情報通信白書に掲載)(2025-07公表) www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r07/html/nd111210.html
- 日本政策金融公庫「中小企業のデジタル化に関する調査」(2024年1〜3月期実施、4,350社回答/日本商工会議所ニュース掲載)(2024-06公表) www.jcci.or.jp/news/news/2024/0605173117.html
※ 2026年9月12日 に公的統計をもとに追記しました。
まとめ
基幹システムのブラックボックス化は、担当者個人の問題ではなく、ドキュメント整備を後回しにしてきた仕組みの問題です。まずは在籍中の担当者へのヒアリングを行い、システム構成図・業務フロー・外部連携先一覧など最低限の資料をそろえることから始めましょう。作って終わりにせず、更新ルールと定期的な棚卸しを仕組みとして組み込めば、担当者が変わっても業務は止まりません。今日できる最初の一歩は、今いる担当者に『来週30分だけ時間をください』と声をかけることです。
By Affelhansa Strategic Research

